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プロフィール第4章 麻子33歳銀座でママになる!引退そして離婚

プロフィール第4話 銀座のママに

こんにちは。

ついに結婚してしまいそうな麻子です(笑)

第3章では母が癌になり、

懸命に母を支えます。

心そんな細いところ

にいきなりプロポーズされ……

 

 

では、第4章をお楽しみ下さい。

 

目次

「店をやらない?」と言われ

いきなりのプロポーズに

おどろきながらも

私はある条件を口走ります。

「私店辞めないよ」

もちろん返事は

「もちろんいいよ」

そうなりますよね。

なんというアホさ加減。

なんで「少し考えさせて」とか

言えなかったのだろうか。

そして、私の気が変わらぬうちにと

どんどんことは進んでいきます。

花嫁の持つブーケ

1カ月後には入籍

2カ月後にはマンションを購入

3カ月後には結婚式

を終わらせました。

私のいやな予感をよそに・・・

でた!ホラーか!(^^;)

にしても、すごい行動力(笑)

結婚して1年が経ったころ

オーナーママに

二人で食事に誘われました

そこでまさかの

「新しく店出すんだけど

 ママやらない?」

旦那様も一緒に誘われた

意味がすぐに分かりました。

 

旦那様はオーナーママに

すごく可愛がられていたので

直接言われたら反対できないと

ふんだのでしょう。

もちろん

旦那様はわたしのように

アホではないので

いったん持ち帰って考えよう。

と言いました。

わたしの気持ちは決まって

いましたけどね!

もうわたしは嬉しくて

ワクワクしていました。

そんなわたしを見て

反対できるはずもなく

こころよく、許しをもらいました。

 

本当はしかたなくだったんだと思うけど。

新店舗オープン

オープンの文字のネオン

数カ月後、無事新店舗をオープン

本店は元々お客さんも多く

いつもほぼ満席という状態だったので

目と鼻の先で、わたしにママをやらせるという

オーナーの戦略は大当たりし、

次第に繁盛していきました。

お相手は立派な会社のサラリーマン

お水の花道的な

わたしの生活とは合うわけがない

しかもママとなると話が違います。

責任も拘束時間も。

それでもはじめの頃は頑張った!

お弁当作ったり

朝ご飯作ったり

あの時のわたしエラかった!

すみません……

世のお母さん達は普通にやってることです。

3時を指した時計

でも、

深夜の3時、4時に

酔っ払って帰ってくるわたしに

そんな生活は長く続くわけありません。

睡眠不足がいちばん嫌いなわたしに。

そんなわたしを見て

旦那様も無理しなくていいよと

言ってくれたのを幸いに

一切やらなくなりました。

洗濯と掃除はやったのよ。

(あたりまえ!!)

ふたりともお休みは土日だったので

土日は愛情いっぱいの手料理で♪

なんてこともなく

当たり前の様に外食をするという生活

お互いの実家が東京でしたので

母の所に行ったり

お義父さんお義母さんには

美味しいものを御馳走になったり

こんなわけで

週末婚(ふるっ)

のような生活がつづきました。

子供がなかなかできず、無期限休業

そんなこんなで4年ほど経ち

旦那様が言いました。

「ちょっと店休んだら」と

二人とも子供は欲しかったので

この生活じゃできないよねとなり

銀座のママでいるというのと

子供を産むという選択・・・

店もうまくまわってるし

年齢とこれからのことをよく考えて

無期限休業をする決意をしました。

エッフェル塔

その年の年末で休業することになり

それまでお世話になったお客さんには

「パリに行く」と告げ。

行ったのは行ったのですが、

観光してすぐに帰って来てました(^^;)

信じてくれたお客さんごめんなさい!

無期限休業生活にはいり

はじめは、暇で暇で

それまで取ることすら考えなかった

運転免許をとりにいったり。

しかも38歳でマニュアル!

(マニュアル知らない人もいるか……)

「なんで上原さんはマニュアルなの?」

と、教官に笑われました。

しばらくして、ぶち当たったのは

ふたりの考え方の違いでした。

うすうすは感じていたのですが・・・

お互いに仕事が忙しく

全くのすれ違いの生活だったので

色々なことを見て見ぬフリを

してきたのです。

結婚して6年も経つのに

一度もちゃんと向き合って

話し合いをしたことが

なかったのです。

いくら仲が良くても

それでだけでは夫婦はやっていけないと

今ならわかります。

いろいろな問題を乗り越えて

初めて夫婦になるのだと。

6年という長い間

一緒に住みながら、

別々の人生を生きていたのと同じです。

なんとか修正しようと試みましたが

もうどうしようもないところまで

来てしまっていたのです。

わたしは、

あることに気付いてしまいました。

わたしは自分のために

自分の幸せのために

この結婚をしたわけではなかった

ということを。

はじめて母に旦那を会わせたとき

母がとても嬉しそうでした。

いままで見たことのないような

笑顔をみせてくれました。

わたしはこの人となら

きっと幸せになれるなと

思いました。

 

 

母の笑顔を見て・・・

 

自分の気持ちはどこにも

ありませんでした。

父が亡くなってから

母のことを考え

母のために生きてしまっていたのです。

誰に頼まれたわけでもないのに。

そしてわたしは離婚を決意したのです。

離婚し、実家に帰る

離婚届と印鑑

半年以上話し合い

わたしは家を出て

狭い実家に帰ることになりました。

離婚が成立するまで

ほぼ1年かかりました。

わたしが帰ると、弟は

「おまえ、おもしれーな」

と笑いました。

正直、笑ってくれて助かりました。

かなりウザがられましたが。

近くに住む妹にも報告すると

「おねーちゃん、おもしろーい!」

とまったく同じ反応されました。

母だけが

すこしだけ残念そうな顔をして

でも麻子が決めたことなら

しょうがないわね、と。

そんな風に離婚を決めたわたしですが

家族以外の人に話せるまでは

半年以上かかりました。

わたしでさえそうなのです。

元旦那には

本当に悪いことをしたと思っています。

ただのわたしのわがままだったから。

本当にごめんなさい。

第4章、お楽しみいただけましたか?

いや、本当にわがままで自由な女ですね。

以来、女友だちに自由な女といじられています。

結婚は合わないのかもしれません・・・

第5章

失意の時に

声を掛けてくれたお客さんと会い

そして・・・

その人と関係を・・・

麻子ーやめておけーーー!

第5章、お楽しみ下さい。

 

 

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • 第4章、すごくすごく共感しました。
    母が喜ぶんじゃないかと思って選択したことだったけれど、
    それは自分が望んだことじゃなかった、、

    そう気づいて決断なさったことは
    本当に大きな決断だったと思います。
    麻子さんに憧れの気持ちを抱きました。

    それにしても朝方に帰ってきて朝飯にお弁当は…
    そのまま続けてたら体を壊してしまっていたのではと思いました。
    本当にお疲れ様でした!!!
    いつもありがとうございます!!読ませていただきました!

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